新規事業の探索例-006:光学機器メーカーが多く保有する画像形成装置技術の意外な用途展開として13分野での可能性 ~カーボンニュートラル社会のエネルギー基盤を支える次世代電池への事業展開~
著者:アスタミューゼ 中前佳那子 博士(理学)
アスタミューゼの技術の用途展開・新規事業探索ツールである「イノベーションサーチ(脱炭素版)」(注1)を活用した結果、光学機器メーカーが保有する画像形成装置技術から、CO2分離・回収、風力エネルギー、パワー半導体、スマート交通・MaaS、スマート農業など、合計13分野での多岐に渡る脱炭素領域での展開可能性が見出されました。例えば、その中で一部ではありますが、蓄電池分野においては、「カーボンニュートラルに貢献する次世代電池」 という具体的なビジネス展開の可能性について、一つの事例をご紹介致します。
(注1)様々な領域・産業において自社保有技術/特許を活用した炭素削減用途の可能性を調べる探索ツール「イノベーションサーチ(脱炭素版)」を活用したサービス提供
https://www.astamuse.co.jp/news/2021/210730-news/
背景:蓄電池は2050年カーボンニュートラル実現のカギとなる技術の一つ
世界各国がカーボンニュートラルに舵を切る中で、蓄電池の市場の動向に注目が集まっています。その理由は大きく2つあります。
1つ目は、再生可能エネルギーの調整のために必須のだからです。太陽光発電や風力発電は天候によって出力が大きく変わるため、需給バランス調整のために大容量の蓄電システムをセットで用意する必要があります。2021年6月、経済産業省によって策定された「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」においても、再生可能エネルギーの推進と共に蓄電池の活用が明記され、蓄電池産業が成長分野と位置付けられています。
2つ目の理由は、自動車の電動化を推進するにあたって、蓄電池がキーテクノロジーとなるからです。特に、電気自動車(EV)の駆動用バッテリーとして注目されています。EVシフトの先頭を走っている欧米を中心に2035年前後には、新車でガソリン車は買えなくなり、日本でもグリーン成長戦略にて「2035年までに乗用車の新車販売は電動車100%を実現する」方針が掲げられたことから、蓄電池への注目度がさらに高まっています。
しかし、現行のリチウムイオン二次電池にはまだまだ課題があり、カーボンニュートラル時代の市場の期待に応えるにはさらなる進化が求められています。そこで開発が進んでいるのが、次世代電池です。次世代電池とは、現在主流のリチウムイオン二次電池よりも安全性とエネルギー密度といった性能を向上させ、かつ低コスト化を実現する新型の蓄電池のことです。
では、画像形成装置関連技術を用い、カーボンニュートラルに貢献する次世代電池への事業展開とはどういうことか、順を追って説明します。
画像形成装置関連の特許を検索
画像形成装置の特許のうち、リコーが出願している特開2012-108309「マイクロミラー装置及びマイクロミラー装置に使用する三次元規則配列多孔体の製造方法」に着目します。出願内容は「画像形成のための光スキャナなどマイクロミラー装置に関し、ミラー基板に作用する力を三次元の網目状に形成された構造で受けるようにし、ミラー基板の慣性モーメントに大きな影響を与える重量の増加を最小限に抑えつつ、ミラー基板の剛性を向上させて、往復振動時の変形を極力低減させることができる」ものです。
この特開2012-108309が牽制(注2)した特許出願文献から、新規用途を探索していきます。ある特許公報が牽制した特許出願文献をリストとして確認するのは難しいですが、アスタミューゼは独自の牽制データベースを保有しているため、同特許が牽制した特許出願文献を見出すことが可能です。
(注2)特許出願された技術が、先行技術の特許出願により権利化を阻害された特許
結果、特開2012-108309が牽制した特許出願文献の一つとして、スリーダムアライアンスが出願している特願2015-521516「二次電池用セパレータの製造方法およびリチウム二次電池の製造方法」を見出すことができました。出願内容は「空孔が三次元立体規則配列構造を有し、空孔が連通孔により互いに連通された多孔質樹脂膜からなることを特徴とする二次電池用セパレータを、フッ酸を使用せずに製造する方法を提供」するものになります。
この牽制関係を得ることで、リコーが有する「ミラー部の構造補強部材」製造技術を活用し、「次世代電池創出を実現する革新的セパレータ製造」への用途展開を検討できるのではないかという着想が得られました。
セパレータを進化させ、次世代電池の創出へ
今回、イノベーションサーチより抽出されたスリーダムアライアンスは、首都大学東京(現東京都立大学)発ベンチャーとして2014年に設立され、金村聖志教授が長年をかけて研究開発した技術を中核に事業を展開しています。同社が目指すのは、既存のリチウムイオン電池の弱点を克服した、燃えにくく、寿命が長く、高いエネルギー密度を有するバッテリーであり、セパレータの独自構造「三次元規則配列多孔構造」が実現のカギを握っています。
EVの性能向上のためには蓄電池のエネルギー密度を高めることが求められるため、負極に一般的な炭素材ではなくリチウム金属を使用した電池の開発が再び注目を集めています。ただ、問題となるのが、リチウム金属を用いると負極の表面に金属結晶「デンドライト」が針状に形成されることで、このデンドライトがセパレータを貫通して正極に触れ、電池内のショートの原因となり、最悪の場合、発火に至ります。
この課題のソリューションとして電極でも電解液でもなく、セパレータに着目したのが金村教授の革新です。デンドライトの形成を阻害するためには、電解液中の電流の分布を均一にして、電極と電解液との界面の撹乱を防ぐことが重要とのことで、これにセパレータの三次元規則配列多孔構造が有効に働いたのです。現行のセパレータであると孔の配列は不規則で、大きさもばらばらです。このため電流が部分的に集中して、不均一にならざるを得ませんでした。
以上から、これまであまり注目されなかったセパレータの緻密な構造制御の有用性が示されました。今回、牽制元として着目したリコーは既に、得意のインクジェット技術を用いた電池の新たな製造技術を開発しております(注3)。この印刷方式による製造方法は、セパレータなどの部材の構造の最適化にも柔軟に対応できると想定され、蓄電池イノベーションを加速できるものと期待されます。
(注3)株式会社リコーのニュースリリースより「世界初、インクジェット技術による二次電池の新たな製造技術を開発」
https://jp.ricoh.com/release/2019/0129_1
ビジネスとして熱を帯びる電池産業でありますが、冒頭で述べたように技術的な進化が求められています。この点において、今回のイノベーションサーチ(脱炭素版)から見出されたように、異分野の技術が活用できる可能性が大いにあります。すなわち、アスタミューゼのツールを用いることで、自社の知的財産をより有効に活用し、カーボンニュートラルにも貢献できる新たな事業機会を見出すことができます。
さらにくわしい分析は……
アスタミューゼでは、特許に関する牽制データベースを用いて、技術の新規用途の探索が可能です。自社が保有する技術を基点に、牽制データベースを参照することで、自社保有技術を活用した新規事業案創出を支援いたします。また、自社だけでなく、自社がウォッチする競合他社の類似技術も対象に入れて牽制データベースを参照することで、自社が属する業界から異業種異分野への新規参入も検討することが可能になります。 お問い合わせはこちらまでお願いします。