インフラ維持・監視技術のDX ~研究資金・論文・特許の最新動向~
著者:アスタミューゼ株式会社 源 泰拓 博士(理学)/ミシェンコピョートル 博士(工学)
はじめに
令和6年に発生した能登半島地震の被災者の皆さまへ、心よりお見舞い申し上げます。大規模な災害が発生すると、電力、水道、ガス、通信、交通などのインフラが損傷し、生活に大きな影響を及ぼします。そのため、被害状況を正確に把握し、二次災害を防ぐためにデジタルデータの活用が非常に重要です。
例えば、2021年7月3日に静岡県熱海市伊豆山で発生した土石流では、静岡県が進めていたデジタルツイン整備計画「VIRTUALSHIZUOKA」により、3D形状を点の集まりで示す点群データを使用して、土砂流出量の推定や崩落のリスク分析が行われました(注1)。
注1:大伴真吾. (2022). 2021 年 7 月熱海市土砂災害における 3 次元点群データの活用. 写真測量とリモートセンシング, 61(2), 54-55.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsprs/61/2/61_54/_pdf/-char/ja
アスタミューゼでは、世界中の論文、特許、データベースを活用し、今後10年から20年にわたり大きな成長が期待される136の領域を独自に定義しています。その中には「デジタルツイン・デジタルトランスフォーメーション(DX)」と「インフラ監視システム」も含まれています。
「デジタルツイン」は、現実のデータをコンピュータ上で再現する技術で、被災現場の状況把握や災害規模の推定・原因分析に役立ちます。
ここでは、これら2つの成長分野に焦点を当て、インフラの維持監視とDX領域における研究資金、論文、特許の動向を分析しました。
研究資金・論文・特許の推移
アスタミューゼは、世界中の研究資金(グラント)、論文、特許などの大量のデータベースを保有しています。研究資金(グラント)は科学研究資金などの競争的な資金を指し、ある領域への国家や資金提供機関の関心を示します。研究資金を受けて行われた研究成果は論文として発表され、技術の権利を確立するために特許が出願されます。したがって、グラント、論文、特許の増加には、技術開発段階に応じた違いが現れます。
図1は、インフラのDX・デジタルツインに関連するグラント、論文、特許の数の推移を示しています。
2001年から2022年までのデータを基にしており、グラントは研究開始年、論文は出版年、特許は出願年を基準に集計されています。特許とグラントは2014年ごろから増加傾向にあり、論文は2018年ごろから増加しています。グラントが論文に比べて数年遅れて増加するのは、研究成果が発表されるまでに時間がかかるためと考えられます。
一方、特許の増加には異なる要因も関与しており、2010年に中国の青海省地震と南部の豪雨災害が特許出願に影響を与えた可能性も考えられます。特許は出願から18カ月間は公表されないため、2022年後半の特許出願数はこの集計に含まれていません。したがって、2022年の特許出願数の増加は特筆すべきものと言えます。
特許の動向
図2は、国ごとのインフラのDX・デジタルツインに関連する特許出願数を示しています。
関連する特許の総数は298件で、そのうち201件の出願国が明らかになっています。中国が他国に比べて特許出願数が多く、全体の3分の2を占めています。米国が2位であり、その出願数は中国の1/4にも満たないです。これは、近年になって中国からの特許出願が急増したことを示しています。また、防災DXに関連する特許では、中国が特に多く出願しており、その存在感が大きいことが報告されています(注2)。
注2:大災害の予測・防災にデジタル技術を活用する「防災DX」分野において、災害大国の日本は対策技術で他をリードできるか?
https://www.astamuse.co.jp/report/2023/230901-dpdx/
アスタミューゼは特許1件ごとに評価スコアを持つ特許価値評価ロジックを開発しており、その評価に基づいて特許出願者のランキングを作成しています。図3は、特許価値評価による総合特許力(トータルパテントアセット)の上位出願者を示しています。
出願件数が多い中国企業が上位を占めており、最も高く評価された特許はモトローラ社による地形、建物、インフラの3Dモデリングに関するものです(注3)。
注 3:出願番号US95427301A
Method and system for modeling and managing terrain, buildings, and infrastructure
グラントの動向
図4は、グラントの賦与額上位のプロジェクトを示しています。
EUの「環境に配慮した空港、都市、物流のプロジェクト」が上位にあり、日本のNEDOが賦与したプロジェクトも高いランキングに入っています。特許とグラントの関連性は見つけにくいようですが、高評価の特許と賦与額の大きいグラントには共通点があるかもしれません。
まとめ
研究から実装への時間軸を踏まえると、大学・研究機関と事業者によるアウトプットのイメージは一般に図5のようになります。
グラントに代表される研究機関からのアウトプットがピークアウトし、特許のような企業からがメインのアウトプットが増加すると、その技術の社会実装が近い、と考えられます。
しかし、インフラの維持監視のDX化に関しては、グラントと特許が同じ時期に増加しており、論文がやや遅れていることが分かります。これからは新たな研究開発と既存技術の組み合わせが期待される分野と考えられます。特許出願では主流でないが、グラントや論文で注目され、研究が進行中の技術が今後知財化される可能性があります。
インフラのDXは、災害対策や被災地の復旧だけでなく、老朽化や将来の人手不足に対処するために重要な技術です。未だ特許化されていない技術領域に関する情報は、グラントや論文のデータからも得られるかもしれません。
データを時系列だけでなく、横断的に分析することで、技術領域ごとの特徴を理解する手助けになるでしょう。アスタミューゼのデータベースからは、このような形で研究段階から実用段階への移行について示唆を得ることができます。
著者:アスタミューゼ株式会社 源 泰拓 博士(理学)/ミシェンコピョートル 博士(工学)
さらなる分析は……
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